ジヴェルニーからルーアンへ
今回の旅行は
お友達のまりもちゃんとの旅です
旅行は「どこへ行くか」ということと
同じくらい大切なことに
「誰と行くか」がありますね
まりもちゃんと一緒にフランスを旅出来たこと、
一緒に楽しい想い出が作れたこと、
とても感謝しています
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
10月26日朝シャルル・ド・ゴール空港に着きました。
空港はとてもスタイリッシュです
入国審査にすこし時間がかかりましたが、
無事バスに乗り
モネのお家のあるジヴェルニーへ
もう8時を過ぎているのに
まっくら~~~
一体何時に夜が明けるんだぁ?この国は
ジヴェルニーへ向かう途中にようやく薄暗くなってきました。
そしてちゃんと明けたのはおそらく9時半ごろ
村のお家はみんな石造りのお家で
ツタがとっても綺麗でした。
もう紅葉真っ盛りで
村のあちこちが紅や黄の葉っぱでうつくすぃ~
クロード・モネのお家
ほんとに大きなお家で
広いお庭にお花や木がたくさん
鳥もたくさんいました。
モネのお家の中はどの部屋も浮世絵がたくさん飾ってありましたよ
大好きだったようですね~~
モネのお家のあとは
ジャンヌ・ダルクゆかりの地ルーアンへ。
ルーアンのノートルダム大聖堂もこれまた立派
一部改修中だったのだけど
素晴らしかったです
ピエタ像
聖母子像
続いてルーアンの街を散策しました。
これはルーアンの大時計
街並みはとにかく可愛い
ジャンヌ・ダルクを魔女とした裁判所跡
1431年5月29日
ここで異端者として死刑を宣告された。
ジャンヌ・ダルク教会
中には入れませんでした・・・残念
フランスを救ったと言えるこの乙女は
5月30日この場所で火刑に処されました。
ジャンヌ・ダルクのエネルギー、
そして、それを見まもった人々の悲しみのエネルギーが
渦巻いていました。
最期まで
イエスの名を呼び続け
自分は救われると奇跡を信じながら
亡くなったわずか19歳の乙女。
火刑は中世ヨーロッパの
キリスト教的世界において、
処刑される者にとっても最も苛烈な刑罰でした。
その残虐な刑罰方法もさることながら、
重要なのは死体が灰になってしまうという点にあります。
当時の埋葬方法は土葬が基本でした。
遺体が燃やされて灰になってしまっては
最後の審判の際に復活すべき体が
なくなってしまうから、という宗教的なものでした。
ジャンヌの亡骸の灰はセーヌ川に流されました。
灰でさえも決して土には返さないという
ジャンヌの取り扱いは当時最も苛烈なものでした。
処刑地跡の横にひっそりとある
聖ジャンヌ・ダルク像
そのお顔は悲しくも見えます。
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